令和が始まり、私は会社から失踪した。

前編

 

 

令和が始まり、私は会社を失踪した。

 

2019年4月1日。

 

会社の一室で、名前もよく知らない大人たちがテレビに釘付けになっていた。

 

『新元号は、令和です。』

 

「おー!!」「れいわ、かー」「かっこいいな」「へ~」

 

元号なんてどうでもいい。

 

(今日は俺の初出社の日だぞ…?)

 

新入社員の私には目もくれず、新しい元号について話し出す見知らぬ大人たち。

 

その日の日本は、歴史的な日だった。

 

会社の中もネットの中も外を歩いていても、そわそわした独特の歓迎ムードが漂っていた。

 

私が感じていた不安や緊張など、感じてはいけないんじゃないかと思えるほどに。

 

 

私は星の数ほどある仕事の中から、「公務員」という仕事を選んだ。

 

優秀。まじめ。

 

周りからは与えられる評価はそんなのばかり。

 

自分のことを優秀だと思ったことはなかったし、まじめと言われるのは大嫌いだった。

 

まじめ=面白みのないやつと言われているような気がして、「空気が薄い」「大人しい」と言われれば、「お前なんていなくてもいい」と言われるのと同じくらい嫌だった。

 

自分は特殊な人間でも何でもない。

 

そんなこと小さい時から誰もが分かっていることだ。

 

分かっていても、どこか人間に埋もれない「人間」でいたい。

 

今まで何回も自分を変えようとした。

 

友達とノリを合わせるために、下戸でなのに無理をして酒を飲んだり。

 

やったこともないパチンコの話をしたり。

 

この前ヤッた(空想上の)女の話を誇らしげに喋ったり…。

 

全てウソだった。

 

周りの楽しんでいることは、全て自分のできないことだった。

 

人と同じことが楽しめない。かといって真の自分の楽しみもない。

 

だから、どこに行っても自然と浮いていた。

 

空中でどこに着地しようか迷うパラシュートみたいに、方向転換して、考えて、方向転換して、考えて…。

 

大学を卒業する前から、私がなるべくそのまま生きれる場所を探した。

 

公務員という結果は妥当だと今でも思う。

 

人は生まれる前から神様が「お前はここを通れよ。」とそれぞれ割り当てられた人生のレールがある。

 

私はたまたま公務員というレールだった。それだけ。

 

そう思うようにした。

 

 

 

 

 

 ある日、上司に別室に来るように言われた。

 

内容は私の仕事量について。

 

月の残業時間が60時間を超えていることに対しての注意だった。

 

入職して2か月目の出来事だった。

 

仕事がしたいからとか、残業代が欲しいからとかそんな理由でずっと残っているわけじゃない。

 

立て続けに明日締め切りの仕事が大量に降ってくるので、日付が変わる直前まで

残って処理しなければならないのだ。

 

日付が変わると警備会社が来てしまう。

 

知らぬうちに日付が変わっていて警備の人が来ていて、注意されたこともある。

 

こんなに帰りが遅くなってしまうのは、私の仕事の進め方の効率が悪いから。

 

親父も「若いうちはそういうもんだ。」と言った。

 

慣れれば、もっと時間をかけずにやれるようになる。

 

時間が解決してくれるだろう、今は踏ん張り時だ、そう思っていた。

 

 

 

 

 

入職して3か月目。

 

私は相変わらず仕事に忙殺されていた。

 

けれどなんとか間を縫って、大学の友達や当時付き合っていた彼女とも会っていた。

 

私は気心の知れた人と会う時、仕事の話を極力しなかった。

 

その人の前では、プライベートも仕事も充実しているフリをした。

 

彼らが知っているのは、精神の病んでいない私。

 

まじめで、ちょっと面白みのない奴。

 

話している間はそれでいいと思ったし、自分の感情を素直に吐露するのは昔からとても苦手だった。

 

だからこのままで、何も知らないままでいい。

 

このまま仕事を続けていれば、いつか慣れるよ。

 

先輩も上司もそういっていたし、前向きにさえ生きていればなんとかなるだろう。

 

それ以上の思考は無駄だった。ぬかるみに足をとられてしまうから考えるのを止めた。

 

社会人なんてこんなもんなんだ、と自分を納得させた。

 

 

 

 

 

4か月が経った。

 

月末にある大きな会社のイベントの運営を任された。

 

その頃の私は「眠れない」「食欲がない」といった体調の異変を感じることが多かった。

 

一度精神科に行って、カウンセリングでも受けようと思い、診察の予約をした。

 

誰にもこのことは言わなかった。

 

心配をかけたくない。

 

それ以上に自分は心配をされるような歳でもないし、まじめな奴が病んだら何のとりえもない。

 

「普通の人」以下になってしまう。それだけは避けたかった。

 

 

日に日にタイムリミットが近づいていた。

 

その大きな仕事を終わらすために、自分の本来の仕事は全く手をつけられなかった。

 

組織の名を背負った大きな仕事を任された以上、これだけはなんとか終わらせないと。

 

何としてでもやりきって、肩の荷を早く降ろしたい。

 

しかし、とっくに限界を超えていた。

 

無理やり動かない頭を動かすために、海外から取り寄せたカフェインのサプリを1日3回飲み、残業は過少申告。

 

それでも仕事は終わらず、周りの方に自分の仕事を手伝っていただいていた。

 

でも終わらなかった。

 

当然自分の仕事を放っておいたせいで、取引先からも上司からも注意される。

 

罪悪感しかなかった。

 

職場の人は優しくて、人間関係に不満はなかった。せっかく最初に勤めることになった会社をこの時点で辞める予定も毛頭ない。

 

悪いのは自分だけ。自分がただ無力だったというだけ。

 

いつしか、私は自分の部屋でタオルをロープに見立てて首をくくるようになっていった。

 

この大きな仕事が終わったら死のう、そう思った。

 

上司に無理を言って、その仕事の前に1日の有給をとった。

 

死の予行練習。

 

この日、私は死ぬ練習をしようと思い、富士樹海へ行った。

 

「死」を思い浮かべると、富士樹海が真っ先に思い浮かぶから。それだけ。

 

地元のホームセンターで足場となる踏み台と、麻を編んだ頑丈そうなロープを買った。

 

それを車に積んで、高速で山梨へと向かった。

 

 

 

 

 

その日はあいにくの大雨だった。

 

車内に叩きつけるような雨の音が響いていた。

 

ハンドルを握りながら、この世に私という存在が消えることを一瞬想像した。

 

大丈夫。

 

私がいなくても仕事は回る。

 

私がいなくても社会は回るし、明日になってもその事実は変わらない。

 

だったらこの苦しいだけの浮いた存在は、いなくなったほうが良かった。

 

辛くはない。いつからかこうなるのは、当然の結果だと受け入れていた。

 

自然淘汰が起きただけ。車輪として回り続けるのは誰かに任せた。

 

 

樹海に到着して、観光用のルートを超えて森の奥へと進んでいった。

 

歩いても歩いても変わらない景色。

 

一度迷ったらもう戻れない。こんな場所が欲しかった。

 

樹海は私のような者に優しい。

 

このまま誰にも気づかれずに人間社会から消える。

 

もう何もしなくてもいいんだ、そう思えることが本当に幸せな気分にしてくれた。

 

でもこれは予行練習。

 

傘も雨合羽も忘れた私はびしょ濡れになりながら、ロープを巻き付けるのによさげな適当な木を探し回った。

 

吊った時に枝が折れない。

 

ちょうど自分の首が通る位置にロープが垂れるくらいの高さを持つ木。

 

誰も気づかないところにある木。

 

この3つの条件で探した。

 

予行演習だから、実際には死なない。

 

だから不思議と探検をしているようなワクワクした気分だった。

 

「絶対に見つからないぞ…」

 

見つかって良いことなんて何もない。

 

どこかで生きているだろうと周りも思えたほうが気が楽になるだろうとその時は思っていた。

 

いつの間にか夕方になっていた。

 

樹海に到着して約2時間探し歩いた結果、やっとそれらしき木を見つけた。

 

早速、その木の枝にロープを引っかけて輪っかをつくる。

 

ロープの結び方は事前に調べて覚えていた。

 

だが、不器用で不慣れなせいもあって、なかなかできない。

 

適当にそれっぽい形になればまあいっか。なんとかできた。

 

首を通すその穴からは、周りと何も変わらない木だけの風景が見える。

 

そこに入れば全てがひっくり返るというのに何も特別なことなんてない。

 

あれほど死にたいと思ってたけど、いざやるとなると意外と簡単だなと思った。

 

 

持参した踏み台を足元に置いた。1度吊られる感覚を味わってみたい。

 

リアルはどんな感じなんだろうか。

 

私は自分の部屋でもバスタオルをドアノブに引っかけて、気絶するまで首を絞めるということを何回もしていた。

 

それをすることで、実際に死ぬときの恐怖が多少マシになるだろうと考えたからだ。

 

毎日出社前にタオルを引っかけ、Yシャツ姿のまま頭を入れる。

 

締める。

 

ギリギリのところで緩める。

 

そうしていつも何事もなかったような顔をして出社した。

 

いつでも死ねるという事実が支えになって、安心できるだろうと思っていたが、死の恐怖はいつまで経っても消えなかった。

 

 

ロープに頭をくぐらせつつ、踏み台から飛んで体を離して体重を前へとかけていく。

 

最初は首から上にかけての圧迫感。

 

だんだんと血が昇っていくのを感じる。

 

まだだ。まだ止めない。

 

必死に理性が死を回避しようと考えを巡らす。だめだ。ここまできてまだ終われない。

 

時間が経つにつれ、頭が破裂しそうになり、意識も朦朧としてくる。

 

下半身の感覚はもうない。

 

体が痙攣する。しかし、腕も足も動かさない。

 

死は一瞬と聞いていたけれど、めちゃくちゃ痛いし、とてつもなく苦しい。

 

でも、この苦痛も想像通りだった。花畑なんて見えやしない。

 

つまらないものだ。けれど、この感覚を知っている人はあまりいないだろう。

 

俺だけが知っている。

 

そんな女々しい感情になったところで、腕を使ってロープから頭を浮かすように動かした。

 

こんなもんか。こんなもんだよな。

 

こんな生命の危機が迫った時になっても、つまらない感想しか出てこない自分に嫌気がさす。

 

せめて、何かこの世に残せるものがあればと考えても、何も出てこない。

 

俺は優秀ではない、ただまじめなだけなのだから。

 

その枠から飛び出すようなことは何も頭に浮かぶはずもなく。

 

身の程を知った私はびしょ濡れになりながら車に戻り、自宅に帰った。

 

 

 

 

 

 

月末。

 

私はお気に入りのライブがある日までの残りの日数を数えるみたいに、カレンダーの今日の日付をマーカーでバツを付けていった。

 

こうすれば、一日一日がもっと大切に過ごせるようになるんじゃないかと考えたからである。

 

しかし、全く効果などなかった。

 

灰色の毎日が通り過ぎていくだけ。

 

次第にやってくる死神の足音に対しても、やっと解放される幸せな日という感情以外なかった。

 

私という存在がゼロになる。

 

ゼロになれば、喜怒哀楽もマイナスもプラスもそこにはない。

 

毎日やるべきことも、人に合わせて生きることも、自分が責任感を持ってやらなければならないことも何もない。

 

そんな天国を心から望んでいた。この世が地獄にしか感じられないのだから。

 

私の任されていた仕事は何の支障も無く終わり、達成感を感じる間もなく、次の仕事がドッとやってきた。

 

そんな仕事は置いて、珍しく早めに帰宅した。

 

車に積んでいる道具が今か今かと待っている。

 

明日、やっと終わる。

 

いつの間にか私は死そのものが目的になっていた。

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、私は自宅のデスクに一枚の書き置きを残した。

 

誰かがこれを見つけることで、この件に事件性はないと警察も判断するだろう。

 

連絡手段を絶つために、スマホも電源を切って部屋に置いた。

 

持っていくのは、財布とペン、2日分の服だけ。

 

これから消える人間の用意なんてこれくらい。

 

その日は普通に仕事の日。

 

そんなこと関係なかった。どうでもよかった。早く解放されたい。

 

私は令和が始まったあの時のムードに乗れないまま、「優秀でまじめだった奴」としてこの世から消える。

 

絶対にやり遂げる。

 

そして、私は失踪した。

 

 

 

 

 

 

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続く…???

ここまで読んでいただきありがとうございました!!

 

この話は残念ながら少しだけ改変しましたが、ほぼノンフィクションです。

けれど、こうして私は今健康でピンピン生きています!!

周りもいろいろゴタゴタしましたし、多大なご迷惑をおかけしましたが、何とか解決の方向に向かっていっています。

 

なのでご心配には及びません。

 

実は、改めて自己紹介を記事にして書いてみようと思ったのですが、なぜかこんな重苦しいテイストになってしまいました…

精神的に参ってしまった方がいたら、本当に申し訳ございません。

 

この話はまだまだ続きがありますが、あまり軽くない話だけに続けるかどうか迷っています。

発達障害うつ病の方向けの情報提供の場としてやり始めたブログなので、削除してもいいかなとすら思っています。

 

ただ、うつ病の人ってこういう心理になるんだよってことを知っていただくにはいいかなと思って世に出しました。

 

うつ病の人の辛さや発達障害を抱える人たちへの理解がもっと広まって欲しい。

なので、なるべく現実に近いリアルを感じてもらうために、脚色ほとんどなしで書きました。

 

これからも同じ境遇の方々がためになるような情報はできる限り発信し続けようと思うので、よろしくお願いしますね。

 

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では、また。